雨上がりの朝。ゆっくりと朝日があがってくる。目覚めのためのリセットには、やはり日光。身体に光が入ってくる感覚がある。朝のコーヒーは、眠たいという感覚に、蓋をするようなものだと聞いた。対処のようでいて、からだの声を先送りしているのかもしれない。その点、日光は無理がない。朝が来たことを、体の内側へやさしく伝えてくれる。人も植物も、日光と、水と、酸素をいただき、いのちが営まれている。それだけで、ずいぶん満ちていくものがある。庭のいのちも、どこか瑞々しい。あやめは、例年よりずいぶんとか細い。大気や雨の質のせいか、土が酸化しているのか。今年は難しいかもしれないと思っていたけれど、一輪だけ、いつもまにか咲いていた。秋に植え込んだヤブカンゾウは、すっかり成長している。ノビルも、しっかりと伸びて、いただいている。野草のたくましさに、ふと目が留まる。北側の菜園で伸びる菊芋は、四メートルほど。収穫しすぎたかと気になっていたけれど、地中の深いところから、また芽を出している。こちらも、変わらずたくましい。オレンジ色の木苺は、今年はやけによく実っている。もうすぐ、ゴールデンウィークの景色。小さな菜園と、庭のおなじみの顔ぶれ。その中にまじって、わたしも日光浴。昨日は、隣の犬が戻ってきて、人が集まるほどの騒ぎになっていたけれど、今朝はまた、姿がない。静かな朝。