以前よりも、答えに辿り着くのが早くなった。 調べれば出てくる。聞けば返ってくる。迷う時間が、明らかに減った日もある。便利になった、と言えばその通りなのだと思う。けれどふと、私は自分の頭を「使うもの」としてばかり扱っていたことに気づいた。よく働くこと。効率よく考えること。間違えないこと。その働きを整えることばかりを考えていて、働きを支えている場所そのものを、大切にしていただろうか。静かな時間を持つこと。考えない時間を許すこと。すぐ検索しないこと。誰かの言葉を借りる前に、自分の感覚に触れてみること。情報は増えているのに、感覚は痩せていくことがある。便利さは暮らしや仕事を軽くしてくれる。けれど軽くなった分だけ、空いた場所に何を置くかは、案外、自分で決めている。最近は、頭を鍛えるより、頭を休ませることにも意識を向けている。答えを探さない散歩。目的のない読書。窓の外を見る時間。役に立つか分からない時間が、あとから静かに輪郭を整えてくれる。考える力は、追い込むことで育つだけではないのかもしれない。よく眠り、深く息を贈る。少し遠回りをして、すぐ答えを受け取らない。 自分の中で一度、ゆらゆらと揺らしてみる。そんな扱い方も、脳を愛することなのだと思う。頭の中は見えない。だからこそ、消耗してから気づく前に、大切にしていきたい。答えより先に、感覚が残る時間を、少しだけ。