久々の雨に潤う地面。足元には、いつものお気に入りの靴。これは、アーティスト・伊藤裕美子さんに、私のイメージのまま描いていただいたもの。手元には全部で三足。旅へ行く時も、仕事の時も。私の日常は、この靴と共に刻まれている。昨日は、大分市にある「タピエス」さんへ。風蘭(ふうらん)先生の「二十四節気の陶印作品」を拝見しに出かけた。小さな印の中に広がる、季節の宇宙。立春、雨水、啓蟄……。それぞれの節気が持つ空気感や温度が、豊かな感性で表現されていて、その小さな世界に見入ってしまった。アトリエ空間で先生とお話ししながら、ゆっくりと鑑賞する贅沢な時間。隣部屋のカフェ空間は賑わいを見せていて、皆が思い思いの時間を楽しんでいる様子に、いい場所だなあと感心する。夕暮れ時、そろそろおいとましようと玄関を出たときだった。「もしかして」ふいに、店主の方に呼び止められた。「その靴、伊藤さんが描かれた靴では?」ドキリとした。まるでシンデレラがガラスの靴で呼び止められるように。けれど、探していたのは私ではなく、この足元の「生命(いのち)」だったようだ。「どなたの靴だろうかと思っていたんですよ」以前も別の場所で、同じようにこの靴が縁で声をかけられたことがある。なぜ、これほどまでに人の目を惹きつけるのか。その理由は、このブランドの名前に隠されているのかもしれない。MRSGREN(ミセスグレン)。どこかの婦人の名のようにも響くその言葉は、実は頭文字を集めたものだという。たしか、こんな意味だった。M (Movement) = 動きR (Respiration) = 呼吸S (Sensitivity) = 感覚G (Growth) = 成長R (Reproduction) = 生殖E (Excretion) = 排泄N (Nutrition) = 栄養摂取アーティスト、伊藤裕美子さん。ピンクやブルーのヘアカラーがよく似合う、チャーミングで清々しい女性。彼女が筆を走らせる時、これら七つの「生きる力」そのものが、靴や洋服に吹き込まれるのだ。色が呼吸をし、線が動き出し、見る者の感覚を揺さぶる。だからこそ、この靴を履いて歩くと、ふいに誰かと目が合う。それは「物」ではなく、「生き物」としての気配を放っているからだろう。彼女の創造性にあやかりたくて、私は今日もこの靴を選ぶ。自分自身の「生きる力」を、足元から確かめるように。靴が運んでくれた、新しい会話の種。タピエスさんには、また今度ゆっくりと。この「生きている靴」の話の続きをしに行こうと思う。