いま、十四日間の「空間再生」に取り組んでいる。いわゆる片づけなのだけれど、立春も近づく時期の「風を通す」作業。今年は、母が旅立ってから十年の節目。その日に向けて、住まいと暮らしをあらためて整えようと、うまく続けられる計画を立てた。棚をひとつ開けるたび。引き出しをひとつ閉じるたび。空間だけでなく、心にも少しずつ、新しい風が吹き抜けていく。そういえば昨年、電子ピアノが旅立つ前に、隅々まで磨き上げたことがあった。また、ご高齢の隣人のために中古テレビを代理購入したとき、室内に置かれていたままの埃に驚き、お渡しする前に、丁寧に拭き上げたこともあった。どちらも、頼まれたわけではないけれど、そのまま手渡すのは、ピアノやテレビに失礼だと思った。埃を払い、光を呼び戻す。私は、そんな再生の手触りが好きなのだ。いま取り組んでいる片づけも、その延長線上にある。ものと向き合いながら、問いかける。「これは、いまのじぶんに合ってる?」「これは、誰かが、喜ぶ?」そんな中、思わぬ再会もあった。奥から出てきた、『筆不精の手本』と題された一冊。埃を払い、再び手に取った瞬間、それは過去の遺品ではなく、いまの私の「相棒」として鮮やかに再生された。「これは、あの人に似合いそうだな」ふと誰かの顔が浮かんだものを、写メに撮る。自分のため、あるいは誰かのため。その循環を想像した瞬間、片づけは「楽しさ」に変わった。暮らしの中から生まれたものたちが、“再生”して、次の風に乗っていく。そんな、小さな蚤の市のような場がつくれないだろうか。それは、暮らしの工夫(くふう)であり、巡りを生むささやかな試み。まだ、はっきりとした形はないけれど。けれど確かに、新しい「気配」がここにある。風を通した、その先に。何かが、はじまろうとしている。