車を走らせていると、山あいの紅葉や銀杏のあでやかさが、ふいに目に飛び込んできた。明日から 12 月だというのに、季節はまだまだ華やかだ。その鮮やかさに見とれながら、ふと考えた。もし人生を四季に例えるなら、私は今、9 月か 10 月あたりだろうか。赤ちゃんは 2 月の立春ごろ。息子は夏? 初夏?いや、そろそろ梅雨明けくらいかもと勝手に想像して頷いた。家も人も、ゆっくりと老いていく。それは自然なこと。自然界は、枯れゆく姿をこんなにも美しいものとして見せてくれる。気にかけて、感謝しながらケアしていくと、老いの景色は驚くほど変わっていく。枯れることは、終わりではなく変化のひとつ。四季に“終わり”がないように、ただ永遠の循環が続いているだけ。紅葉が散り際まで魅力を放つ姿は、静かにこう教えてくれているようだった。老いは失われることではない。どう枯れていくか。その過程のなかにこそ、その人(その家)だけの美しさが宿る。今日、車窓から見た紅葉は、そんなことを、もう一度思い出させてくれた。