新しい仕事への資料づくりに、これまでの歩みを棚卸しする。これまでの画像を見渡して、ふと目が止まったファイル名。それは『劇的ビフォーアフター』の現場の記録だった。もう10年以上も前のこと。けれど、写真の向こう側に流れる空気や、あの時の集中力、そして清々しいほどの達成感は、つい昨日のことのように鮮明に蘇る。今振り返ってみても、あの仕事は私にとって「生きた学校」のようだった。インテリアディスプレイの依頼をいただき、ご一緒したのは、当時ADだったUさん。ディレクターになるという夢を真っ直ぐに見据えていた彼は、驚くほど動きが良く、細やかな気配りを絶やさない、そして何より感心するほどタフな青年だった。テーマは「和モダン」。視聴者の方々が自分の暮らしに重ね合わせられるよう、100円ショップや量販店で見つけた身近な道具やちょっとした小物を様々な方法で調達する。アトリエにある備品も使ったり、生活の温度がでるよう、ひとつひとつ丁寧に編み込んでいく。大きなテーブルを囲む景色、あとから扉に入れ込む家族の記憶。Uさんは、玄関ホールに、まるで保育士さんの手のように、手作りパネルを一晩で作ってきた。何気ない収納引き出しにも、子どもたちの笑い声が聞こえてくるような、楽しげなアレンジが添えられていた。「自分は、家がつくれます」一年中、現場にはりついて過酷なスケジュールを続けている彼は、そう言って屈託なく笑っていた。大勢の人を喜ばせる、という仕事。それは、チームの一人一人が同じ方向を見つめ、自分の役割に「超集中」した先に、ようやくたどり着ける場所なのだと教わった。あの時、私たちが灯した明かりは、今もあのご家族の毎日を優しく照らしているだろうか。かつての写真が教えてくれたのは、時が経っても決して色褪せることのない、ものづくりへの純粋な情熱。 「生きた学校」で学んだあの日の確信は、今も私のなかに深く、静かに根を張っている。。