今日、長年部屋の片隅で静かに佇んでいた電子ピアノが、ついに旅立ちました。新たな門出を祝して、ここに少し書き留めておきます。そもそもこのピアノを迎えたのは、子どものため……ではなく、「自分が急に弾きたくなったから」という理由からでした。ところが、夢見たような演奏は一度も叶わず、気づけばお蔵入り。YAMAHAの電子ピアノは、静かに長い休暇をとっていました。一度は下取りを試みたものの、見積もりはゼロ円。それでも部屋の隅で静かな姿を見るたびに、罪悪感。わたしでごめん!と、、そんなある日、息子が見かねて、丹念にクリーニングをしてくれました。ピカピカになったその姿は、まるで「ありがとう」と言っているようでした。すっかり美しさを取り戻したし、彼に撮影とメルカリ出品もお願いしたのは半年前のこと。そして先日、ふと思い出して「ピアノどうなってる?」と息子に聞いたことからすべてが動き出し、配送料の問い合わせ、配送方法のリサーチ、対応可否の確認…と続いていきました。最終的にメルカリの「梱包・発送たのメル便」によって、安全に、丁寧に、送っていただけることが決まりました。今日、無事に嫁入り先が決まり、息子は出発前夜、最後の磨きを丁寧に施し、ピアノは新たな場所へ向けて旅立っていきました。誰かがまた使ってくれるということが、こんなに嬉しいなんて。そして、梱包から設置まで一手に担ってくださる配送サービスの存在にも、心からありがたさを感じました。というのも、インテリア小物、ARTや家具を扱っていると、“梱包”そのものにも美しさが宿る瞬間 を目にする機会が良くあります。剥がしやすいようにマスキングテープの角が精密に折られていたり、繊細な家具が、まるで宝物のように慈しむ手つきで包まれていたり。見えないところこそ、一流の扱いがある。それを目の当たりにするたび、心底感動しました。今回ピアノを包んでくださった3人の方々の所作にも、“見えないところへの敬意”が漂っていました。偶然、数日前に椅子を運び入れてくれた顔見知りのお兄さんもいました。空間をつくる仕事も、暮らしを整えることも、こうした小さな「扱い」によって育まれていくのだと思います。今日の旅立ちは、ものが新しい居場所へ巡っていくだけでなく、丁寧さのバトン がまた次の人の手に渡っていくような、そんな喜びに満ちた時間でした。