「一発逆転を狙う護符より、毎晩コンロとシンクをきれいにしてから寝るほうが効きます」ふと目にしたその言葉に、ハッとした。かつて「かまど(竈)」は、火の神様が宿る聖域だった。現代のキッチンもまた、私たちの命をつなぐ場所であることに変わりはない。最近は、平らで美しいIHのキッチンも増えている。けれど、思う。台所から「火」の気配が絶えないでほしい。つまみを押し、青い炎がパッと花咲く瞬間。鍋底を舐める炎のゆらぎを見つめていると、鍋の中の食材たちが、太陽に近い力を、静かに受け取っている気がする。火を使う場所だからこそ、汚れとも丁寧に向き合う。一日の終わりに、五徳(ごとく)を磨く。それは頑固な汚れと戦うのではなく、知恵を使って「ほどく」ような時間。油汚れは酸性だ。だから、アルカリ性の力を借りる。重曹やセスキ炭酸ソーダを水で希釈し、スプレーボトルに常備しておく。シュッとひと吹き。中和された油が、さらりと拭き取れる瞬間の心地よさ。一方で、水まわりの白く残る水垢にはクエン酸を。こちらは酸の力で、カリカリとしたアルカリ汚れを溶かしていく。力任せに擦るのではなく、性質を知って、静かに中和する。それはまるで、一日の終わりに心の澱(おり)を整理する作業にも似ている。汚れたままのキッチンは、昨日の重さを今日に持ち越すようなもの。だから毎晩、リセットする。磨かれたステンレスの輝きは、結界のように邪気を払い、静かな朝を連れてくる。何か特別なことが起こらなくてもいい。ただ、きれいなキッチンで湯を沸かす。そんな当たり前の朝を迎えられることが、実は一番の「守り」なのだと思う。神様は、きっとそんな日常の隙間に宿る。