今朝も、本格的に寒い。古民家のアトリエでは、日光が一際ありがたい。冷えた空気に身を置きながら、私は自然と、どこか冬修行のような境地になる。この季節そのままの冷気があるからこそ、窓から差し込む陽だまりの温もりは、ただの「明るさ」ではなく、切実な「救い」として身体に届く。昨今、紫外線は避けるべきものとして語られることが多い。けれど、ふと立ち止まって思う。私たちは、日光を少し誤解してはいないだろうか。太陽の光は、私たちが本来持っている調和へと、変わらぬ姿で、何も言わずに導いてくれる。それは、地球上で最も古く、そして最も本物の「薬」なのかもしれない。光を浴びることで体内で合成されるビタミンD。その働きに不可欠なマグネシウム。それらは単に栄養素というだけではなく、太陽と土や海が、私たちの身体と交わしてきた密やかな約束事のようにも思える。ふと自分を見つめると、人もまた植物と同じ存在なのだと気づかされる。根を張り、水を吸い、そして何より、光を浴びながら、体内のバランスを整えていく。日光を浴びるという行為は、細胞の一つひとつを「本来の姿」へと還していくための、静かで、神聖な儀式なのかもしれない。太陽の光。身体の調和。そして、心の信頼。三つが揃ったとき、ただ深く息を吸うだけで、もう十分なのだと感じられる。どんなに高性能な暖房器具も、太陽の光が細胞の奥まで届けるあの「生命の温度」には、決して敵わない。効率や便利さで塗り固められた世界の中で、この太古からある「光の滋養」を、私は何より大切にしていきたいと思う。染色家の吉岡幸雄さんは、こんな言葉を残している。「人間というのは、地球の中の一員である。ありがたく暮らさせてもらうという精神性がないとだめです。」アトリエの、凛とした空気と、あたたかな陽だまり。そのコントラストの中に身を置きながら、今日も一本の植物のように、ただただ、光の方を向いて。