台風6号。暴風域に入ってからも風に強弱はないまま、雨がよく降る一日でおさまった。近年よく耳にする「線状降水帯」。台風の影響ということで局地的な激しい雨と事前の警戒報道が、ここ最近の特徴だ。かつて台風といえば、予報図どおりに風雨の輪郭が見えたものだが、ずれを感じることも少なくない。目につく天気予報はイラストか、円やラインのマーク表示。せっかくなら、気象衛星のリアル画像まで見比べる。参考1:Earth in Real-Time参考2:ひまわり備えあれば憂いなし。一夜明ければ、恵みの雨。植物にとっては、潤いのひととき。空気が洗われたような感覚が残る。そんな6月はじまりの雨だった。雨上がりの空気は澄んでいて、まるで世界の輪郭が少しだけ戻ったようだ。その流れのまま、キッチン棚や床の水拭き、2階の窓拭き、網戸洗いへと手を動かす。水拭きには、アルカリ性のセスキと、檜のリキッドをブレンド。木床もコルク床も、歩き心地が軽くなる。気になっていた場所が整っていくほどに、視界もまた整っていく。今朝の二階の窓拭きも、五分ほどで終わる。気になっていたことが、雨の流れに後押しされるように片づいていく。ガラス越しの景色がクリアになると、そのまま気持ちも軽くなる。いつもの景色のあいだに、もし薄いフィルターのようなものがあるとしたら、それは外側ではなく、日々の中で少しずつ積もっていくものかもしれない。仮に、ある一面を見ないままでいるとすれば、視界は静かに狭まっていく。だからこそ、偏りなく、広く、いろんな角度から眺めてみる。その感覚は、幼い頃のクイズや謎解き、算数の応用問題の中で何度も触れてきたものだった。情報があふれる日常の中で、正解は思いの分だけ無数にある。複数が重なったときに輪郭を持つ。一致しないときには、そこに曖昧さがあると見る。一見、外側にあるように見える正しさも、内側の捉え方がつくり出しているものだと思う。思えば、さまざまな見方を受け取りながら、その中で自分なりの軸を持つことを、訓練できているだけなのかもしれない。それはそのまま、心と身体の状態にも、静かに影響しているように感じる。雨上がりの空気のように、余計なものが落ちたあとの静けさ。朝のわずかな時間、住まいを整えることで、世界はそのままの輪郭に戻っていく。