風に揺れる、鯉のぼり。空を泳ぐように、のびやかにひらいている。暦は立夏を迎える。光が少しずつ強まり、風もどこか軽やかになる。節句というものは、奇数の月に重なる。一月、三月、五月、七月、九月。旧暦のほうが、自然や季節と、よく馴染んでいるように思う。そう感じるとき、今の時間の流れとのあいだに、確かなずれがあることにも気づく。九月でひとつの巡りが整い、そこから季節は、次へと移っていく。古くから、奇数は「陽」とされ、重なることで、その力が強くなると考えられてきた。重なりをほどき、整えていくような、そんな意味があるのだという。陰と陽のめぐりを、調えるような日。そうして受け継がれてきたかたちには、目には見えない配慮がある。日を選び、季節を感じ、その時々に手を添える。受け継がれてきたものは、言葉にしなくても、どこかで伝わっていく。季節のうつろいとともに、受け継がれてきた感覚。先へ先へとつながり、いまも内側に、静かに残っている。