無音の間眠りの中でのアイドリングは、正直、勘弁してほしい。けれどその経験で、今まで当たり前だった無音のありがたさに気づくことができた。無音。ゼロ。換気扇。エアコン。扇風機。暮らしに必要なものだけれど、どれも小さな音(振動)を発している。だんだんと空間への違和感として感じるようになっている。身体が整ってくると、感度が戻ってくる。鈍感になるのではなく、小さな違いを感じ取れるようになる。そんなふうに感じている。そして今回、アイドリングの不快さを経験したことで、無音には、「間」という豊かさがある。そのことを、身をもって知った。音がない。何も起きていないようで、そこには「間」がある。日本人は昔から、余白や静けさの中にある「間」を感じてきた。茶室。庭。襖。書。何かで埋めるのではなく、あえて空けておく。その「間」に、心が休まり、身体もほどけていく。現代の暮らしは、音も、物も、情報も多い。だからこそ、何もない時間。何もない空間。何も聞こえない時間。そんな「間」を大切にしたい。