扉を開けた瞬間、その家の空気は決まる。このモデルルームの締めくくりは、玄関ホールと、その奥に静かに佇む和室だ。家の顔となるこの場所には、言葉よりも先に伝わる「静寂」を置きたかった。ある日、別府駅近くを歩いていると、「額縁展」という文字に足が止まった。そこで出会ったのが、大分県で活動する画家・安藤誠人さんだ。一色による色調と、物質としての絵画を探求し、内なる必然性と向き合い続ける作家。丁寧な解説を聞くうちに、この玄関にふさわしい額縁をお願いしたいと思うようになった。その特別な額縁に収めたかったのは、私自身が旅先で出会い、その風合いに惹かれて持ち帰った「籾(もみ)入りの手漉き和紙」。土地の記憶を含んだその紙を、安藤さんに託した。氏の筆が重ねられることで、籾の素朴な凹凸は、墨汁による一色の世界へと静かに昇華されていく。にじみ、沈み、深まる黒。それは色というよりも、時間や呼吸に近い質感を持っていた。仕上がった額を、ご本人が直々に設置してくださったその所作には、職人のような厳しさと、祈るような優しさが同時に宿っていた。壁に吸い付くように納まる裏面の仕掛けによって、作品は数ミリの影さえ落とさず、空間に溶け込んでいる。ホール正面の石積み壁の裏側には、日々の歩みを支えるシューズクロークがある。棚に並ぶ白いスニーカー、手入れされた革靴。それらは、美しいアートを目にしたあと、外へと踏み出す明日を支えるための、実直な道具たちだ。ホールを抜けると、光と影が織りなす和室が現れる。モダンな畳と床間空間。靴を脱ぎ、素足で床に立ち、その感触を確かめる。旅の記憶を宿したアートに迎えられ、畳の上で心をほどいていく。「いってきます」と「ただいま」。その短い言葉のあいだに、これほど豊かな物語が流れていること。それこそが、この家で暮らすという誇りなのだと思う。