0時3分。冬至点の静けさの中で、この記録を残します。クリスマスやお正月よりも、いまはこの日が、いちばん大切に感じられるようになりました。一陽来復。陽が生まれ変わる日と言われますが、それは何かが始まるというより、目に見えないところで、そっと向きが変わる瞬間のように思えます。だからかもしれません。冬至は、にぎやかに祝うよりも、静かな環境のほうが、しっくりきます。世界を見渡すと、冬至の太陽を迎えるように配置された石碑やモニュメントが、各地に残されています。技術も時計もなかった時代に、人は太陽の動きを読み、何百年、何千年もかけてこの一点を見失わないようにしてきました。日本の住まいにも、光を迎えるための場所がありました。畳、床の間、障子越しのやわらかな光。冬の低い太陽を、奥へ、深く、静かに通すための工夫。いま、畳や床の間は減り、住まいは均質になりつつあります。けれど、冬至の静けさやあたたかさは、本来、住まいの中で感じ取るものだったはずです。冬至点は、外へ向かう合図ではなく、内側を整えるための地点。どれだけ自分の感覚を大切にできるか。冬至以降、選択の基準は静かに変わっていきます。考えて選ぶより、感じて選ぶ。今年いちばん短い昼を越えて、すでに、光は戻りはじめています。