今日は、二十四節気の大暑。一年でもっとも暑さが厳しくなる頃。朝から、強い陽射しが庭を照らしている。このごろの朝仕事は、庭の槇(まき)の木の見回りから始まる。ある朝、木の上のほうを見ると、葉がずいぶん少なくなっていた。木の上まで届くように、ホースの水圧を上げてみた。すると、何かが、歌川広重の浮世絵のように、細い線を、幾筋も描いていく。……近づいてみると、その線は、キオビエダシャクの幼虫たちによるものだった。思わず、鳥肌が立つ。虫が葉を食べることは、自然の営みのひとつ。ある程度は、それも自然なことだと思っている。けれど、葉がなくなるほど食べ尽くされると、木は光合成ができなくなり、弱って、枯れてしまうこともあるという。あの姿に気づいたからには、見過ごすわけにはいかなかった。それから三日。朝の涼しいうちに、一匹ずつ駆除している。だんだん数は減ってきた。それでも、まだ育ちもするし生まれもする。毎朝、枝先まで目を凝らす。暑さは、人だけでなく、植物にも、虫たちにも影響を与えている。毎日眺めているつもりでも、見えていなかったことがある。だから、見回る。少し立ち止まり、昨日との違いに気づく。庭も、住まいも、手をかけることは、美しく整えるためだけではない。健やかに育ち続けられるよう、見守ることでもある。槇の木は、何も言わず、ただそこに立っていた。葉を食べられても、黙って受け入れているように見える。「食べたいだけ、どうぞ。」そんな声が、聞こえてくる気さえした。その姿に、自然の大きさを思う。庭係として、守るべきところは守りながら、その懐の深さには、ただ頭が下がるばかりだった。