YouTubeの画面を開いて、ひとつの動画に出会った。「北欧、暮らしの道具店」のドキュメンタリー『うんともすんとも日和』。そこに登場していたのは、92歳のデザイナー・人形作家、粟辻早重さんだった。画面に映る粟辻さんは、とにかく軽やかで、可愛らしかった。今も、リビングの好きな場所に座り、お気に入りの三菱の鉛筆「ユニ」を握ってイラストを描いている。目標は、80名の男性の顔を描くこと。その絵を見つめる眼差しが、どこまでもまっすぐで、少女のようだった。「継続は力なり、という言葉が大好きなの」そう微笑む姿を見ていると、何かを始めるのに遅すぎることなんてない。好きなことを好きでい続けることにも、終わりはない。そんなふうに思えてきた。そして、私の心をつかんだのは、粟辻さんの住まいだった。長く暮らしてきた家の中に、好きなものがあり、好きな場所がある。その空間には、暮らしてきた時間そのものが積み重なっているようだった。「デザインの話、映画の話、建築の話、このテーブルにどれだけの方がここにお座りになったか」そんな言葉が出てきた。好きなことを話して、笑って、そんな人たちがこのテーブルを囲んできた。私は咄嗟に、そのテーブルになりたいと思った(笑)。そしてもうひとつ。粟辻さんのご主人、テキスタイルデザイナーの粟辻博さん。フジエテキスタイルで長くデザインをされていた方で、私にはとても馴染みのある名前だった。今もフジエテキスタイルには、粟辻博さんのデザインが復刻されている。私も目にしてきたあの印象的なテキスタイル。そのデザインを生み出した人が、この家で、早重さんと暮らしていた。そう思うと、画面に映る一つひとつのものが少し違って見えてくる。雨漏りの話も忘れられない。大雨の日、天井から水が滝のように落ちてきたとき、「大変だ」と思うより先に、「なんて綺麗な風景だろう」と見とれてしまったという。そして、「落ちてくるものはしょうがないから、バケツを持ってくればいいのよ」と笑う。なんて軽やかなんだろう。亡くなったご主人との新婚旅行の話もよかった。新婚なのに、あてがわれたのは旅館の地下室の小さな部屋。窓を開けると、人の足が見えるような場所だったという。そこでご主人は、「ここが最高の出発点だ。これ以上下はない」と言って笑ったそうだ。どんな場所でも、面白がることができる。そんな二人の時間が、長い年月を経て、今もこの家の中に残っているように感じた。「宇宙的に考えたら、たまたま今生きているだけ。だからこそ、朝の光は綺麗に見える」そんな言葉も心に残った。たまたま生きている。たまたま今日がある。そう思えば、朝の光も、庭の小さな命も、いつもの家も、少し違って見えてくる。動画を観終わったあと、私は部屋の窓から見える空をいつもより少し長く眺めた。今日も一日、やってみよう。▼画像出典ELLE DECOR「【ルームツアー】半世紀を経た粟辻邸」▼今回出会った動画92歳のひとり暮らし。いよいよ終わりだぞと思う時代、だからこそ朝の光は綺麗に見えるし、いつも感じる「生きていることの素晴らしさ」|うんともすんとも日和 061