家具を組み立てたあと、頑丈な段ボールが四箱分残った。車にはもう積みきれないとは思ったけど、「こちらで処分しますよ」そう伝えると、奥様が話してくれた。以前、お孫さんと段ボールハウスを作ったことがあるのだという。気づけば作業の合間に、その段ボールを廊下の手すりへ立て掛けている。まるで木材を並べるような手際の良さだった。私は思わず、「段ボールロボットなんかも面白いですよ」と話した。すると結局、今回の段ボールはすべてお引き取りとなった。有効活用されるらしい。なんだかうれしくなる。子どもは、何もないところから遊びを生み出す。箱があれば家になる。剣になる。秘密基地になる。ロボットにもなる。けれど、本当に大切なのは、その発想を大人が忘れないことなのかもしれない。便利なものはたくさんある。完成品もたくさん売られている。けれど、自分で考え、自分で手を動かし、何かを生み出す喜びは別のものだ。大人が率先してつくる姿は美しい。料理でも。庭仕事でも。工作でも。家具づくりでも。そこには、結果だけではない豊かさがある。そして、そんな姿を見て育つ子どもたちは、きっと自然に学んでいく。つくることは楽しい。工夫することは面白い。失敗しても、またやってみればいい。段ボール四箱から始まった話だったけれど、ふとそんなことを思った。ものをつくる人は、素材の向こうに可能性を見る。だからきっと、暮らしの中にも楽しみを見つけるのが上手なのだと思う。