窓の外は、初雪。玄関の外のしめ縄も「寒かろう……」と思い、夕方からは家の中へ。そんな、自分らしい感覚から始まった二日目。昨日届いた年賀状。小学校時代の恩師、大波多先生からの手作りの木版画を眺める。先生が教職を退かれたあとの同窓会の場で仰った、「振り返ってみたら、本当に幸せな人生だったと思うんだよ」という言葉は、今も私の心に静かに息づいている。その幸福感に満ちた版画を、玄関に飾ってみる。大晦日は「日々記」の更新で夜更かしをしたので、元旦はゆっくりとしたスタート。おせちはもう少し時間がかかりそうなので、まずは玄米餅を入れた温かなぜんざいをいただき、伊達巻や筑前煮をつくり、重箱や小皿を用意する。器の組み合わせをあれこれ思い描くのは、私にとって至福のひととき。今回は、重箱の中で小皿が傷つかないよう、書の稽古で書いた「和顔愛語(わげんあいご)」の手漉き紙を緩衝材として敷いておく。墨の跡と、薄くて軽やかな和紙の質感が、古い漆器に驚くほどしっくりと馴染む。続きの小皿選びや葉のあしらいは、息子にお任せ。庭から南天の葉や実を摘んできて、「ここがいいかな」とあれこれ集中する時間。「食べることが大好き」な親子(苦笑)、こうして季節の色を添えるひとときも、また格別なご馳走です。……と、ここまで整えておきながら。実は年明け早々、小さないざこざもありました。きっかけは、ほたての佃煮。ほんの少し、息子の皿からいただいただけなのに、思いのほか真剣な抗議。たべもののことになると、わたしたちの心は幼子へ戻るようです。和顔愛語は、いったん棚の上。けれど、そんなやり取りもまた、年のはじめの軽いデトックス。大地の恵みを大切に思う気持ちが、少し強く出ただけ、ということにしておきましょう。穏やかな笑顔と、思いやりある言葉で、目の前の人と、今日という一日を大切にすること。「和顔愛語」。本来の姿に立ち戻るための、やさしい合言葉として。今年はこの言葉を、わたしたち自身への小さな指針として、胸に置いて暮らしていこうと思います。