冬の青空の下、アトリエの庭でふくらむ蝋梅の蕾が、ひかりを吸い込むようにその色を深めていた。カメラを向けた瞬間、鳥がスッと横切り、空の深さだけが静かに残った。やがて葉を落とし、冬支度をはじめるこの木に、蝋のような花びらが、冬のもっとも冷たい空気の中で、ひかりの色をまとって咲く季節がやってくる。今日は、アトリエの縁側で ソマチッドパウダーにも日を当ててみた。ガラス越しのひかりを受けて、粉末はただそこにあるだけなのに、どこか “いのちの気配” をまとって見える。ソマチッドは、命の源・最小単位と考えられてきた超微小な生命体。一滴の血液の中にも宇宙がある、とその分野で言われている。専用顕微鏡でみると赤血球のまわりをちいさな光点のような粒が、リズミカルに動いている。わたしたちの内側で、絶えず奏でられている静かな拍動のように。昔から言われる「病は氣から」という言葉も、この微細な粒子たちの震えとどこかで重なっている気がする。心が曇れば氣が乱れ、水の調和も揺れ、逆に、氣が澄めば、いのちの根がすっと整う。自然界には 1/Fゆらぎ がある。風のふるえ、木漏れ日の影、蝋梅の蕾の震え。規則でも不規則でもない、その心地よい揺らぎこそ、大きな調和の呼吸なのだろう。そして、ソマチッドがもっとも響きやすいのは 水。私たちのからだの水がきれいに澄むほど、微粒子たちは活発に動き、眠っていた生命力が目を覚ます。だから、暮らしの中で水を整えること は、内側のコンディションを良い状態にするための確かな一歩。体内の水をきれいにする “音”――波・周波数・氣の流れもまた、命の源に触れる行為なのだと思う。蝋梅の蕾がひかりに呼ばれて開いていくように、人もまた、自分の水が整うことで静かに目覚めていく。今日の青空の下で、自然と粒子と身体のあいだに流れる、ひかえめで確かな 大調和 に、そっと耳を澄ませた。