朝、台所で水のボトルを手に取ると、ふと昨日の自分の言葉を思い出すことがある。水は形がないぶん、まわりの気配や声を映しやすい存在なのかもしれない。言葉は、目に見えなくても小さな波。やさしい言葉は静かな波をつくり、とがった言葉は、少し荒い波になる。それがそのまま水に届くのだとしたら――そう考えてみると、暮らしの景色が少し変わる。私は朝の水に「おはようございます」と声をかけている。科学かどうかはさておき、言葉をかけると水の“表情”がやわらぐように感じるから、、台所や洗面所のように水が集まる場所は、そこにいる人の言葉が静かに染み込んでいくような気がする。だからといって、きれいな言葉ばかり使おうと無理をする必要はありません。ただ、今日の自分が発した言葉を、水がそっと受け取っていると想像してみるだけで、少し行動が丁寧になる。言葉は一瞬で空気にとけて消えるようで、案外、暮らしの中に残っていて、水はその“残り香”のようなものをやわらかく抱きとめてくれているのかもしれない。グラスの水を飲むとき、「この一杯に、今日の言葉も届いているのだろうか」と思うと、なんだかくすぐったい気分にもなる。でも、そんな小さな意識の向け方が、暮らしの調子をゆっくり育ててくれる気がしている。今日の言葉は、水にも届く。水の話は、もう少し続きます。