調和と聞くと、整った状態や、まとまりのある景色を思い浮かべる。けれど、本当の調和とは何だろう。空間であれば、新しいものや、便利なもの、素敵なものを選び集めれば、一見すると美しく見える。けれど、どこか表面的に感じることがある。むしろ、長く使い込まれたもの。新しく迎えたもの。思い出のあるもの。少し不揃いなもの。そんなものたちが混ざり合い、絶妙なバランスで共存している空間に、私は調和を感じる。庭もそうだ。背の高い木もあれば、小さな草花もある。陽を好むものもあれば、木陰を好むものもある。違うもの同士が、互いを消すことなく存在している。だから美しい。それは人も同じなのかもしれない。明るく前向きな自分。やる気に満ちた自分。そんな部分がある一方で、弱さや不安。迷いや焦り。できない自分もいる。けれど、どちらかを消そうとするほど、苦しくなる。大切なのは、明るい自分だけを残すことではなく、弱さや不完全さも含めて、「そうか、今はそう感じてるんだ」と受け入れること。自分の中にある優しさで、自分を包み込むこと。調和とは、良いものだけを並べることではない。違うものを排除することでもない。尊び、受け入れ、居場所をつくること。住まいも、身体も、心も、きっと同じ。調和とは、自分自身との対話の先にあるものなのだと思う。