日本には、古くから、石にも、水にも、草木にも、神が宿るという考え方がある。八百万の神。すべてのものに、目には見えない命や力が宿っている。そんな感覚は、日本人の美意識の根底に、今も静かに流れているように思う。自然を支配するのではなく、自然の一部として生きる。山からいただくもの。海からいただくもの。季節の巡りを感じ、その恵みに感謝する。縄文の時代から続いてきた、自然との調和の感覚なのかもしれない。「もったいない」という言葉も、ただ物を節約するためだけではなく、そこに宿る時間や手間、命のめぐりを感じ取る心から、生まれたものなのかもしれない。使い切ること。大切に手入れすること。役目を終えるまで寄り添うこと。そこには、ものを所有するというより、一緒に時間を重ねるという感覚がある。日本には、「産霊(むすひ)」という言葉がある。生み出す力。結びつける力。育む力。おむすびという言葉にも残るように、命や人とのつながりを感じさせる、美しい響きだと思う。そして、「穢れ(けがれ)」という考え方も、本来は罪そのものではなく、気(生命の力)が枯れた状態を表すともいわれる。だからこそ、水に流す。身を清める。祓う。そうすることで、本来の清らかな状態へ戻っていく。不要なものを手放すこと。心地よいものを選ぶこと。自然のリズムに寄り添うこと。それは、何かを新しく足していくことではなく、もともとあるものに気づき、本来の姿へ還っていくことなのかもしれない。光。水。空気。植物。住まいにあるものにも、何かの響きがある。争うことよりも、調和すること。奪い合うことよりも、巡らせること。日本人が昔から大切にしてきた、目に見えないものを敬う心。その小さな一滴が、これからの世界にも、静かに広がっていくことを願っている。